林ひな子column
林ひな子column
作成日:2026/01/26
「二人の教皇」から連想される「誰にも責任がないとき、すべての人の責任になる」という状況



「二人の教皇」という映画をネットフリックスで先日見ました。
主演はアンソニー・ホプキンスジョナサン・プライス。二人ともなぜこんなにも演技がうまいのでしょうか。


さて、私は特にどの宗教も必要としていないため、世界中の人たちの考え方の根本はどのような信念に基づいているのか、 世界を知るために 映画を見ています。教皇になるための儀式、経歴、そして、教皇になった後 どのような生活になるのか、そして、ふたりの教皇の対話が描かれています。


強くひかれた言葉は「誰にも責任がないとき、すべての人の責任になる」というものです。自分には責任がない 自分で起こすことに責任を持ちたくない そういう人が多くなってきているように感じます。
けれど、すべての人に戻ってくる。

自分が自分や本来見なくてはならないものを見ずに日々を過ごしてしまっている、ああ、なんと恐ろしい。
いろんなことが思い浮かびます。今日は反省の日になってしまいました。。。

組織でも同じです。こんなことかもしれません。

本当はこの課題があることを
(例:休憩を取らなくちゃいけない)知っている、
けれど、同じ業界では黙認して
(例:この業界は休憩をそもそも取れない、他の施設でも休憩をとっていないと聞いている)
その課題に取り組んでいないだから、まだ大丈夫だろう なーんて思っているうちに 
業界全体で課題ではなくなる時
(例:休憩が取れない業界には就職したくないと業界で働きたいと思う人が少なくなる)
すべての人が責任を取らなくてはならなくなる。
(例:業界全体の衰退)

二人の教皇はこちら
2人のローマ教皇を観る | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト



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